和太鼓の「ボランティア性」と経済価値の不均衡について | 和太鼓と経済 vol.1
日本古来より人々の生活の中にある「日本太鼓=和太鼓(以下和太鼓と表記)」は現代においても文化的・社会的価値が認められている一方で、経済価値においては市場の中で低く評価されている…
「和太鼓の「ボランティア性」と経済価値の不均衡について|和太鼓と経済 vol.1」では和太鼓が「郷土芸能(地域の祭事や神事)に代表される文化的価値」や、「地域コミュニティやアイデンティティの形成に寄与する社会的価値」が高く評価されているからこそ、公共財(制限なく多くの人が消費できる財やサービス)としての性質を内包している楽器であり、その結果、商業的な経済価値と結び付きにくく、無償によるボランティアまたは低報酬での演奏になりやすい点が課題であると述べた。
公共財としての側面は和太鼓における一つの顔でしかないが、祭事や神事の中心となり、地域におけるコミュニティ形成の中心となる文化的・社会的価値は他の楽器では珍しい稀有な特性である。そのためボランティア性や低報酬はそういった文脈の中では必要な要素であり、『必ずしも解決しなければいけない課題』ではない。
あくまでも『和太鼓の持つ芸術表現としての一面』においてそのイメージは強烈であり、「和太鼓奏者は演奏技術を経済資本と結び付けた適正価格での演奏することができていない」というのが本稿で論じたいテーマである。
また、和太鼓奏者も和太鼓が内包している文化的価値から生じる経済価値をしっかりと認識しておらず『演奏技術』だけを売りとするため、市場における適正価格を提案できていない点も課題である。
今日まで和太鼓は地域コミュニティやアイデンティティの形成など非常に豊かな社会的な効果をもたらしてきた。和太鼓から鳴り響く音に触れることで古の時代と今を結びつけることができる楽器はそう多くはない。しかし、現代の資本主義社会においては、いかに歴史的に優れていようとも、いかに文化的価値を持っていようとも、いかに社会形成において重要な役割を担っていようとも、経済に結び付かなければその存在を維持することは叶わない。
持続可能性を維持するにはお金がかかる。経済循環が起きなければ、業界そのものが斜陽化していき、やがて風前の灯として和太鼓そのものが危うくなってしまう。
かつて信仰が社会の中心であった頃、人は精神的対価で動けた。しかし、今は資本主義社会である。人が求める対価は「経済的対価」である。資本主義に適応しなければ滅びてしまう可能性からは脱却できない。
つまり、和太鼓の文化的価値が経済原理と適応し、和太鼓市場が成長することが、結果的に和太鼓の文化的価値・社会的価値を守り、さらなる経済価値の創出へと繋がっていくのである。
本稿では和太鼓の文化資本について整理し、経済資本とどのように結びつけることができるか、そしてどのようにして経済的価値を活かしていくのかを考察する。
文化資本の種類 | 概要 | 和太鼓の例 |
---|---|---|
1. 体現された文化資本 (Embodied Cultural Capital) |
人の身体や知識・技能として蓄積されたもの(学習や経験による習得) | 和太鼓の演奏技術、伝統的なリズムの知識、表現力 |
2. 物象化された文化資本 (Objectified Cultural Capital) |
物理的な形を持つ文化的な財(道具・作品など) | 和太鼓そのもの、和太鼓を用いた楽曲、舞台衣装、楽譜 |
3. 制度化された文化資本 (Institutionalized Cultural Capital) |
資格や学位、公式な評価(社会的に認められた文化的価値) | 和太鼓の演奏資格、伝統芸能としての指定、文化財認定 |
また、和太鼓に触れ、携わることで「和太鼓を通じて得られる健康的な肉体や立ち振る舞い、日本的な感性から磨かれる美意識」は社会生活の中で高く評価される。
経済資本の種類 | 概要 | 和太鼓の例 |
---|---|---|
1. 直接的な経済資本 | 和太鼓に関連する直接的な経済活動 | 和太鼓の販売、修理、公演収益 |
2. 間接的な経済資本 | 和太鼓を活用した副次的な経済活動 | 和太鼓教室・ワークショップ、観光業 |
3. 派生的な経済資本 | 和太鼓による経済的な波及効果 | 和太鼓関連の衣装・アクセサリー、地域経済への波及効果 |
しかし、和太鼓はこれらの文化資本的な性質に加えて「祭囃子」のように地域の文化と根付く公共財としての側面を持つ。社会的に高い価値を持つ公共財は市場原理に乗りにくいため、より経済的な報酬が発生しにくい。
そのイメージは和太鼓全体に浸透しており『和太鼓の演奏にお金を払う(対価を支払う)』という経済行動が生じにくく、結果として本来であれば経済的対価を貰うべき演奏依頼でも、無償の演奏や低報酬の依頼が多くなる。
「社会全体にとって価値があるが、個々の奏者には直接的な利益が生まれにくい」 という状態になる。これが和太鼓市場の成長を妨げ、経済価値の不均衡を生み出している。
では、どのように和太鼓の文化資本を経済資本と結びつけることができるのだろうか?また、和太鼓特有の公共財としての側面を上手く市場の成長・拡大に生かす方法はあるのだろうか?
そのため、課題そのものを解決するのではなく、文化資本×経済資本が結びつくビジネスモデルを創出することで、和太鼓の持つ文化的・社会的・公共的な性質を損なわせずに次項より考察していく。
文化資本の概念に基づくと、和太鼓は単にパフォーマンスをするために製造された楽器ではなく、「地域の歴史・伝統・共同体意識を象徴する資産=文化財」としての側面がある。それと同時に和太鼓には経済資本としての側面(販売・演奏収益)も持ち合わせている。これを地域経済に結びつけることで、和太鼓市場のさらなる拡大と経済波及効果が期待できる。
この「文化財を活用して地域経済を発展させる」という発想自体は19世紀のイギリスで起きた産業革命の時代には既にあり、観光資源として文化財を活用するモデルの歴史は長い。そのため地域に眠る文化財の活用による経済活性化という戦略は多くの地域で試みられ、研究されてきたにも関わらず、目にみえる成功事例は少なく、理想論と揶揄される事もしばしばみられる。
失敗してしまう要因として「文化財の公共財性がもたらすジレンマ」「文化資源の差別化が困難」「地域住民の主体性の欠如」「行政と民間の連携不足」が挙げられる。
失敗要因を引き起こす文化的活動や芸術活動は、しばしば市場経済と対立する傾向にある。ピエール・ブルデューの著書ディスタンクシオン(1984年)で「文化資本は経済資本とは異なるロジックで機能し、(文化資本の)商業化が進むと本来の象徴的価値を失い、単なる商品と化す。」と指摘しており、産業化を推し進めるあまり「純粋性」が損なわれていくと批判している。その結果、文化の担い手に経済が回らず衰退していってしまうというジレンマに陥ってしまうのだ。
地域の文化財の純粋性を維持しながら、その文化を経済的に発展させるには多大なコストがかかる。このコストは金銭的なコストだけではなく、地域住民の理解を得る啓蒙活動や、地域文化並びに地域産業を結びつける調査と…取り組むべきことが非常に多い。
また、「演奏の価値を高める仕組み」×「経済的インセンティブを地域に還元するモデル」を一つの団体や和太鼓奏者が生み出すことは非常に難しく、今すぐに行動できるアイデアではない。しかし、このコンセプトは必ずしも『地域経済の活性化』というマクロ視点でしか活用できないものではなく、和太鼓奏者という最小単位のマクロ視点でも活用可能である。
まず「① 和太鼓を『中心に置いた』地域産業の創出」というマクロ視点での解説を行い、次に「② 体験型経済に適応する『コト』の商品化」というミクロ視点での価値の活かし方を述べる。
最後にマクロとミクロの2つの視点を結ぶ「③ 和太鼓奏者と企業や行政を『適正な報酬』で結ぶ仕組みの構築」という弊団体(日本太鼓研究機関 鼓蓮)が取り組む活動について簡単な紹介をして本稿を締める。
「文化的価値を最大限に生かした間接経済効果の最大化」や「文化資本を活用した教育プログラムへの活用」といった文化資本×公共財的特性に関するテーマについてはまた別の機会に述べることとする。
地域産業とは、特定の地域(市町村・都道府県・広域圏など)内で展開されるその土地の特性や資源を活かして発展する産業の総体を指す。地域の自然環境や歴史、文化、社会構造、経済状況が密接に結びついており、それらの経済循環が地域経済を形成する。
あらゆる地域には、その地域に根ざした産業があり、その地域内特有の経済環境が存在する。地域産業が発展するにはその地域内で行われる消費者行動の活性化が必要不可欠であり、地域住民や観光客による商品・サービスの購入活動、消費が活性化すると、地域内で経済循環が促進される。
和太鼓はこうした地域経済の中で既存の地域産業と結びつくことによって、新たな産業を創出するポテンシャルを持ち合わせている。
既存の地域産業 | 和太鼓との結びつきによる新産業創出の可能性 |
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観光業 | 和太鼓を活用した「演奏体験会」「和太鼓演奏宿泊プラン」 |
飲食業 | 演奏付きのショーケース、BGMとしての生演奏 |
農林業 | 地域産木材を活用したバチ製造、太鼓革の地元生産 |
健康・福祉産業 | 和太鼓エクササイズ、和太鼓を使った介護リハビリ |
教育産業 | 和太鼓演奏体験プログラム、学校の芸術・体育教育との連携 |
また、和太鼓を「公共的なもの」として、その地域では誰でも享受できるようにし、和太鼓目当てで集まった消費者に向けたサービスを提供するといったマーケティングもまだまだ発展の余地はある。
日本でも文化庁が文化関係の税制優遇措置を提供しており、文化財を保有する個人や法人が控除や優遇を受けることができる。さらに公益社団法人企業メセナ協議会によって助成認定制度が運営されており、芸術文化活動に対する企業や個人からの寄付を税制面から促進している。
こうした制度をうまく活用すれば「和太鼓及び地域の和楽器産業または和楽器奏者並びに郷土芸能の支援」をすることによって『文化的・社会的な評価を得る』というステータスを企業・個人は享受することができ、それが地域産業及び地域全体のブランディングを促進することになる。
大切なのは理想を語るだけでなく、実際に企業や事業者に対して『文化支援を行うことによって最終的に得られる経済的メリットとインセンティブ』の設計を濁すことなく伝え、さらに消費者に対しても『参加することで得られる価値』を明確に提示することが必要である。
その際に最もイメージしやすく、誰でも手軽に取り組めるかつ文化的社会的意義のある文化資本が「和太鼓」であり、和太鼓を中心に置くことでできる経済圏が地域経済の活性化に繋がっていく。
では具体的に「何をするべきなのか?」「何が提供できるのか?」について次項にて述べていきたい。
これまで述べたように和太鼓は「文化資本」としての性質と「公共財」としての性質を持ち合わせていながら、「経済資本」の側面を持つ楽器である。
また、「和太鼓の演奏芸」のうち、現代で演奏されている集団でアンサンブルを奏でる打法は『戦後生まれた表現』であり、実際は伝統芸能ではない。
しかし、伝統楽器としての側面が和太鼓演奏=伝統的なものという印象を付与している。
結果として公共的な文化財としての性質が強く働き「ボランティア性」が高まるという経済循環を引き起こしにくい問題が生じてしまった。
前項ではマクロレベルの視点では和太鼓を「文化資本」と捉え、さらに「公共財」としての側面と「経済資本」としての側面を地域経済の活性化に繋げることで『和太鼓業界の抱える課題:ボランティア性及び低報酬の脱却+和太鼓市場の縮小』を脱却するモデルとして提示した。
しかし、マクロ的な視点は実践に落とし込めなければ意味がなく、机上の空論となってしまいます。実際に経済循環を生み出すためには『経済的な利益と持続可能性』をより具体的に提示し、具体的な経済メリットと収益構造を提示して初めて「実際に行動すべきこと」と「行動の優先度」を定めたスケジュールを組み立てることができる。
本稿ではあくまでも「案」レベルであり、実際のミクロレベルのプランニングまで落とし込んだプロジェクトを提示することは難しい。(もし、和太鼓を活用した地域創生に関心があるのであれば直接問い合わせをしてほしい)
そのためここでは『生成型経験経済に適応する『コト』の商品化』について述べていく。
現代の消費トレンドは物理的な財を保有する(モノ消費)価値から、商品そのものではなく、そこから得られる体験・経験に価値を見出す消費者行動(コト消費)が現代の消費トレンドの特徴である。
そして現代社会ではSNSが情報の送受信におけるインフラとして基盤を形成したことで「他の人とは異なる体験・経験をする」というコト消費に加えて、「その体験・経験を《情報の受け手》が《解釈》し、新たに生成された情報を発信する」という新たなアクションが追加されたため、コト消費はより複雑な構造の経済モデルとなった。
筆者はこの「体験・経験を中心に置いた情報を消費する経済」をB.ジョセフ・パイン2世とジェームズ H.ギルモアが1999年に提唱した「経験経済」の理論に基づいて独自に発展させた「生成型経験経済」と呼んでいる。
生成型経験経済は主に『身体的な没入感』『多角的なコンテクスト性』『多層構造的な価値』の3つの要素が重なっている経済的概念であり、消費者はその市場そのものに「触れる・含まれる・内包される」瞬間にコトを得ている状態を指す。
そして消費者は情報そのものを消費するだけでは終わらず、その情報に自身の価値を付与して再度生成し、情報を発信する。つまり、生成型経験経済における情報消費は単なるデータの取得ではない。身体・知覚・感情・社会的関係性の中で体験を通じて処理される情報を身にまとい、消費者自身の価値を高める自己表現なのである。
和太鼓のみならずこの経済モデルは様々な場面で応用できるが、和太鼓は特に生成型経験経済と相性が良いと筆者は考えている。
以下に具体的に「和太鼓における情報消費」について紹介する。活動の参考になれば幸いだ。そしてこの活動を通じ、経済循環を得ることで和太鼓奏者・団体は『芸術表現としての演奏活動』で収益を獲得できるようになる。
和太鼓は「文化資本」としての性質を持ちつつ、公共財としての側面と経済資本としての側面を持つ稀有な楽器である。和太鼓演奏は高い価値を持ちながらも、従来の経済原理には適応しにくいことから和太鼓奏者・団体はボランティア・低報酬で請け負うことになり、結果的に和太鼓奏者は市場を離れ、消費者も生まれにくい構造から市場規模は縮小するという課題を抱えている。
筆者及び弊団体はそういた課題に対して『生成型経験経済への適応』という新たなモデルを提示する。それは『体験・経験という情報によって得られる変化を自身の表現へ昇華』させることで双方が対価を得るモデルであり、和太鼓の文化資本・公共性の価値を落とさずに経済原理に適応させる可能性である。
とはいえ、この生成型経験経済は『一次情報が即座に加工され編集され補てんされて発信される』という性質上、情報が自らの手を離れ、思いもよらない形で拡散されてしまうリスクを孕んでいる。そのため、このモデルを活用する際は、想定される誤認に対する対策や、拡散された情報に対する受け皿を用意する必要がある。
そしてこの活動は『地域産業と結びつくことで、新たな価値を創出し、地域経済の活性化』へと寄与する。これが和太鼓市場の拡張をもたらし、消費者が多く生まれることで、和太鼓奏者・団体の芸術表現の演奏活動にも関心が生まれやすい土台が形成される。
その結果、和太鼓奏者・団体は公演による収益を確保可能になり、さらなる表現活動への没頭が可能になる。
それが和太鼓業界の未来を切り拓き、100年後も残る産業へと発展すると筆者及び弊団体は信じている。
和太鼓と経済シリーズの最終回となる次章では『和太鼓奏者が資本主義の中で生きていくための経済的・社会的可能性』を論じる。
Webサイト
・第10回観光戦略促進タスクフォース 新しい観光資源の開拓
・文化庁:メセナ活動実態調査
・公益社団法人 企業メセナ協議会
・来日外国人の動きが、観光から体験型に変化 亀戸梅屋舗で開催の和太鼓ワークショップが訪日外国人に人気!
・「一体感の醸成だけじゃない」太鼓一筋33年のプロが提供するチームビルディング
・富岳太鼓ブログ 11/22 食事付きコンサートもやってます
・外国人留学生のための和太鼓体験教室「和太鼓 Work Shop」開催
・市場を創造した8人のマーケター(3)浅野太鼓楽器店「技術的に、ものづくりを極めるだけでは不十分」
書籍
・ディスタンクシオン
・文化資本: クリエイティブ・ブリテンの盛衰
・経験経済
・ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム
最後に和太鼓が打ちたくなるWebマガジン 太鼓日和を運営する日本太鼓研究機関 鼓蓮について紹介をして本稿を締めたいと思う。
私たちは『和太鼓教室 鼓蓮の運営』『和太鼓演奏派遣事業』『太鼓日和』の3つの事業を運営する和太鼓団体である。和太鼓業界がよりよく発展するために「教育」「演奏」「研究」の3つの柱を軸に活動している。
『適正価格での和太鼓演奏の実現』『和太鼓を活用した組織づくりのサポート』『和太鼓団体・奏者に対する演奏場の提供』を希望する方はお気軽にお問い合わせください。
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